ストリートを歌うことについて

 コンプレックス・ニュースはケンドリック・ラマーについて気の利いた特集をときどきやるのであるが、今回よかったなとおもったのは、ラマーの曲のベスト10だった。

 

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10. Hiiipower

9. u

8. Alright

7. A.D.H.D.

6 Backstreet Freestyle

5.The Blacker The Berry

4. Money Trees

3. Sing About Me, I'm Dying of Thirst

2. Cartoon & Cereal

1. M.A.A.D. city

 

 それで、いつかぜったいにメモっておかなければならないとずっとおもっていたのが、3位に挙げられていた"Sing about me, I'm dying of Thirst"であったのだ。この曲は、ここでも言われているように、Grant Greenの"Maybe tomorrow"をサンプリングして、アルバムでは12分にも及ぶ長さで、2部に分かれていて、Grant Greenをサンプリングしているのは前半で、後半はまたまったく違う曲調のより緊張感の漂う曲になっている。ケンドリック・ラマーがいろんなところで証言もしているように、前半と後半ではまったく曲調も違うし、そこで語られている事件も違うのだけど、なぜ一緒になっているかというと、前半と後半で歌われる、というかラップされる事件が同じ日に起こったから、というのである。なにが起こったのかというと、コンプレックスでも触れられているが、前半で歌われているのは、Keishaという女の子がレイプされて殺されてしまった事件で、このとき、そのたしか妹が、ラマーに向かって、姉のことはぜったいに歌わないでくれ、といった、ということもラマーはどこかで明らかにしていた。そして後半では、親しい友人のお兄さんが殺されてしまう事件について歌うのだが、このとき、そのお兄さんがケンドリックに、こういったらしいのだ、俺のことを歌うと約束してくれ、と。それがさびの部分で歌われるPromise that you will sing about meである。そして前半については、Sing About Me Part 1として、ビデオも作られた。この曲はgood kid, m.A.A.d. cityのなかでも一番好きな曲なのだが、曲の背景を知って、曲にこめられた意味を知り、さらにこの映像を見て、また泣いてしまったのである。そうだったのか、「光がさえぎられたら、今度は俺の番だ、懸念してたことをやらなきゃ。俺のことを歌うと約束してくれと彼が言ったことを。When the lights shut off / And it's my turn to settle down my main concern / Promise that you will sing about me / Promise that you will sing about me」という光がさえぎられたらというのの意味が、たとえば幕が上がったらとか(陳腐だけど)ならわかるんだけどとずっとおもっていたのだが、死んでしまった友達の兄さんの目の前から、ひいてはひとの目の前から光がさえぎられたらという意味だったんだ!と・・・(勝手な解釈)

 

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 この映像では、ストリートが描かれる。でも歌われるような、悲惨な様子のストリートではない。プロのグラフィティ・ライターEddie Peakeが倉庫でグラフィティを作っている様子と平行して、コンプトンのストリートをケンドリック・ラマーが車で走っている様子が描かれる。彼が車で向かっているのはグラフィティの描かれた倉庫で、そこに着いたラマーが目にするのは、そして見ているわれわれ自身もまた初めて目にすることになるのは、ピークによるすばらしいグラフィティ・アートだ。それを見たラマーの満面の笑顔とそこに描かれた文字のひとつひとつを読むと、ストリートの現実が現実なだけに、これまた泣けるのである。

 

 ここ最近、どのニュース媒体(LA TimesとかNew York Timesとかだけだけど)を見ても目に入るのが、黒人の射殺事件とか、長いこと独居房に閉じ込められていた若い黒人が出所後に自殺したとか、警察の対応への怒りと抗議運動とか、そんなニュースばかりである。ストリートについていろんな描き方があるとおもうが、これは、これがストリートの現実だといわんばかりに、悲惨なニュースばりの虚構の物語をそこでふたたび演じ映し出したり、復讐の物語を見せるのではなく、グラフィティとラップとストリートという本来的な「ヒップホップ」の要素をすばらしく芸術的に組み合わせることでできた感動的な映像だとおもうのである。ケンドリック・ラマーこそがストリート・カルチャーを生きているんじゃないだろうか。

 

 ちなみに、そんなに有名じゃぜんぜんないが、RKHTYのこの曲のカバーも、どんなもんだろと最初はおもっていたけど、美しくて意外によくてまた泣いてしまった。元の歌がやっぱりいいんだろうなとおもう。RKHTYは歌がうまいのでがんばってほしい。

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