ぶれないルーペ

  前回の続きである。

 この間のBlack Lives Matterとそれに関わったり関わらなかったりすることの疑惑とか違和感とかモヤモヤとかいう話だった。

 

 Black Lives Matterというひとつの運動は、どちらかというと、ナショナルな問題へと発展した警察の蛮行によって毎日のように黒人男性が殺されたり投獄されたり命を脅かされたりしていることへの抗議行動で、アメリカで黒人の男であるということがいかに、それこそアイス・キューブの言葉を使えば、「キツイ」ことであるかということを表していると思うのであり、それは殺されるのではないかと毎日怖いと8歳の男の子に言わせてしまう過酷な状況を表しているのでもあるが、言うまでもなく、黒人の女性やトランスジェンダーの人びとが全くそんな目にあっていないということではないし、この大きくなったBlack Lives Matterの運動の陰に隠れて、Say Her Name運動とかBlack Trans Lives Matterとかいうものも存在している。存在しているのであるが、どういうわけか、それは表に出てこない。犠牲になる黒人女性というのは、警官や白人男性の暴力によってだけでなく、黒人男性からの暴力で殺されたり傷つけられたりしている。そして穿った見方をすれば、だからだろうか?とおもってしまうのだし、こういう観点からみれば、黒人同士の殺し合いを非難したケンドリック・ラマーが非難されるというのもまったく不思議なことではないし、もう何十年も前の、黒人の男の地位があがれば自動的に女の問題も解決するという主張を思い出してもしまう。

 

 ただ、みんながみんな黒人女性の問題に無関心でも鈍感でも無自覚なわけでもない。たとえば、ものすごい影響力を持ちながら、つい先日MTVのベストビデオ賞だかを受賞してそのスピーチで「男性がお姫様にもなれるし、女性が兵士にもなれる、そんないい時代です♡」というような無知で幼稚で恥ずかしい意見を堂々と述べるポップスターテイラースイフトの"Shake it off"のミュージック・ビデオにたいして、黒人女性への偏見に満ち溢れているといち早く批判したのはアール・スウェットシャツであったし(ちなみにお友達(だった?)タイラー・ザ・クリエーターは、その女性嫌悪トランスジェンダーにたいする醜悪な歌詞で英国とオーストラリアへの入国を最近禁止された)、母子家庭の女性への無料のコンサートを開いたのはJ.Coleであった。だから、ケンドリック・ラマーがなぜこんな人種問題に鈍感で女性差別の問題に無知な売れっ子スターとコラボしたのだろうかと心底疑問なのである。ケンドリック・ラマーのAlrightがMTVのベストビデオ賞を受賞しなかったことを批判しながら、この売れっ子ポップスターの鈍感なセンスのなさを端的にまとめているのがMusic.micだが、そんなことはとりあえずここではどうでもいい。

 

 こういう点から見てずっと一貫しているのはルーペ・フィアスコである。ルーペ・フィアスコといえば、FOXに呼びだしをくらって、オバマをテロリストと呼んだことの釈明をさせられたが、そこで、キャスターのBill O'Reillyが、オバマは私も、そして君のことも守ってくれる存在で、しかも政治学で博士号をとっているんだから、政治のド素人にそんなふうに呼ばれる筋合いはないというようなことを上から目線で言われたことにたいし、冷静に、この場合博士号なんてものは問題でないし、アメリカの大統領は軍隊の最高指揮官なんだから罪もない人たちのうえに爆弾を落とすことの責任は当然あるといったことを毅然と返して、FOXおよびこの爺さんを返り討ちにしたのだった。

 

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 それで、なにが一貫しているのかというと、女性への視点だ。ルーペ・フィアスコは、Hurt Me Soulという曲で、ラップは女性を貶めるから自分はラップが大嫌いだったと告白し、だけど、自分も女性に対してそういう態度をとることがあって、自分の偽善にtoo shortのラップが気づかせてくれたということを歌っている。そして、体を売る女性や子供を育てられない女性たちの行き場のなさを、彼女たちになりかわって歌い訴えるのだ。それと同時に、アメリカのあらゆる不正や病理から逃げる道がないことを歌い上げるのであるが、ルーペは最後は「この国を愛している」と言う、そして、だから、自分の声を聴いてほしい、と。

 

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 この国には愛すべきところなどほとんど何もないと言わんばかりなのであるが、彼が「この国を愛している」のは、おそらく、こんな国のなかにも良心といえるものがあると彼が信じているからだ、と思わせてくれるのが、Black Lives Matterの運動への「支持を表明するために」作られた、と言われているビデオなのだが、これは2006年のLupe Fiasco’s Food & Liquorのなかの一曲"It Just Might Be Okay"にたいして最近作られたビデオである。

 

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 売れてる(たぶん)ラッパーのビデオでこんなにやさしいビデオは近年見たことがない。ここに写るのは黒人の(しかも女性も男性も、老いも若きもである)他愛もない日常で、それがまたなんのステレオタイプ化もされず脚色も何もない素の姿のようなのである。そしてこの状況下で、やっぱりルーペ・フィアスコはかなりいい線をいっていると確信したのである。

 

 黒人の状況はAlrightでもOkayでもぜんぜんないが、そうなのだと信じたくなるような音楽状況ではないか、とルーペを見ていると元気づけられるのであるが、結局また音楽に救われるというような話になってしまうのであった。