BET Awards 2016とファット・ジョー

ブラック・エンターテイメント・アウォード2016の授賞式が行われた。これはてっきり音楽の祭典だとおもっていたのだけど、たとえば、スポーツで活躍した女性とか男性とか、若手女優賞とか、そういうのもあって、文字通り黒人のエンターテイメントに寄与したひとへの授賞式のようだが、やっぱり音楽が中心。とりわけ今年はプリンスへのトリビュート・パフォーマンスがあったので音楽の祭典感が満載であった。

 

パフォーマンスも賞も、今年は圧倒的にビヨンセ。なんといってもビヨンセ。『レモネード』が超話題のビヨンセ。そしてビヨンセにはほぼ関心の無かったわたしもとうとう『レモネード』だけはね!と、即買い。いや、正確な話をすれば、ビヨンセの音楽は、赤ちゃんを眠りにいざなうのにだか、ぐずりを止ませるのにだかいいという話をひとにきき、藁をもすがる気持ちで、そのときはまったくタイムリーではなかったJayZとのあのバカバカしい曲の入った『デンジャラスリィ・イン・ラヴ』だけは買って持っていたんだった(赤ちゃんが寝たりぐずらなかったりしたかどうかは覚えてない)。

 

でも今日はビヨンセについてメモりたいのではない。もちろんオープニングを飾ったといわれるビヨンセとケンドリック・ラマーによる『レモネード』からのFreedomという曲のパフォーマンスは圧巻ですばらしく、それ以降のパフォーマンスが霞んで見えるよねっていうぐらいではあったのであるが、プリンス・トリビュートも実はよかった。エリカ・バドゥは地味だけど存在感があったし、フューチャーのトリビュートはなんども音が消されていたことからもわかるように、不適切な表現が使われ「不快」と評されながらも、ダークに盛り上がっていたし、ジャネル・モネイのパフォーマンスも相変わらずこぶしがきいてよかったのだけど、なかでもプリンス・ファミリーだったドラマーのSheila Eのパフォーマンスは楽しかった。ドラムはたたくは、ギターは弾くは、踊るは歌うは、とにかくパワフルでかっこいいのである。これらのパフォーマンスのほとんどは、BETのHPで全部見られる。

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でもここでメモりたいのは、やっぱりこういうことではない。この賞のパフォーマンスでなんとも懐かしい顔を見つけてしまったのである。Fat Joe。BET Awardsでは"Alll The Way UP"という曲のパフォーマンスをしていたのだが、それがまたなんとも珍妙であった。和服の日本人女性(たぶん)がお琴を弾いて始まるところからしてもう嫌な予感しかしない。パフォーマンスはずっと後ろで刀を持った忍者っぽい格好(正確には、和服を着崩した?)をした女性たちが刀を振り回しながら踊り、その後ろには「牡蠣」と書かれているようにしか見えない赤提灯がぶら下がっているという、和服と刀と赤提灯が融合した、間違ったオリエンタリズム、っていうかそんな難しい言葉で言わなくても、間違った日本観満載なステージ。どっからのイメージなんだろうか?でも観客も大盛り上がり。なんでもこの曲は2016年前半めちゃくちゃ流行ったらしいけど、歌詞がそういう歌詞なんですかね・・・?同じくBETのHPで見られる。

 

それで、そのステージのことはともかくも、自分にとっての青春のファット・ジョーといえば、ひとつはAshantiとのくだらないPVの"What's Love"であり、もうひとつはしばらくBIG PUNとの区別がついていなかった、という2点である。前者はともかくも、後者についてはいくら下手の横好きド素人ヒップホップファンといえども我ながらまずいだろうとおもう。だが、ふたりはまったくの無関係ではない!だって、ファット・ジョーと一緒に活動していたではないですか(BIG PUNは2000年に亡くなっているけど)!そしてStill Not a PlayerのPVを見れば、BIG PUNの後ろに終始お立ちになって彼を見守っているのはファット・ジョーではないか。それで、Still Not a PlayerでBIG PUNといえば、わが青春はBIG PUN ft. JoeのほうのStill Not a Player(1998年)。

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半裸の女性を侍らせていかにもなとおもわれるかもしれないが、この映像はかなりコミカルに作ってあって、クスっと笑ってしまうところがいくつもある楽しいものだ。当時から3分40秒あたりに出てくる静かにこのパーティに参加する慎ましやかな一男子が気になって仕方が無いのであるが、それよりも!約20年の歳月を経ていま気づいたのであるが、もしや、雨の街角にたたずみ歌うBIG PUNの後ろで静かに傘を差し出して立つ男は、ファット・ジョーさんではないですか!?影に日向に彼を支えたのであろうファット・ジョーという存在を表すかのような構図がいまさらなんとも泣けるのであった。何度見ても、今見ても、やっぱりいいな、Still Not a Player。

 

 

ぶれないルーペ

  前回の続きである。

 この間のBlack Lives Matterとそれに関わったり関わらなかったりすることの疑惑とか違和感とかモヤモヤとかいう話だった。

 

 Black Lives Matterというひとつの運動は、どちらかというと、ナショナルな問題へと発展した警察の蛮行によって毎日のように黒人男性が殺されたり投獄されたり命を脅かされたりしていることへの抗議行動で、アメリカで黒人の男であるということがいかに、それこそアイス・キューブの言葉を使えば、「キツイ」ことであるかということを表していると思うのであり、それは殺されるのではないかと毎日怖いと8歳の男の子に言わせてしまう過酷な状況を表しているのでもあるが、言うまでもなく、黒人の女性やトランスジェンダーの人びとが全くそんな目にあっていないということではないし、この大きくなったBlack Lives Matterの運動の陰に隠れて、Say Her Name運動とかBlack Trans Lives Matterとかいうものも存在している。存在しているのであるが、どういうわけか、それは表に出てこない。犠牲になる黒人女性というのは、警官や白人男性の暴力によってだけでなく、黒人男性からの暴力で殺されたり傷つけられたりしている。そして穿った見方をすれば、だからだろうか?とおもってしまうのだし、こういう観点からみれば、黒人同士の殺し合いを非難したケンドリック・ラマーが非難されるというのもまったく不思議なことではないし、もう何十年も前の、黒人の男の地位があがれば自動的に女の問題も解決するという主張を思い出してもしまう。

 

 ただ、みんながみんな黒人女性の問題に無関心でも鈍感でも無自覚なわけでもない。たとえば、ものすごい影響力を持ちながら、つい先日MTVのベストビデオ賞だかを受賞してそのスピーチで「男性がお姫様にもなれるし、女性が兵士にもなれる、そんないい時代です♡」というような無知で幼稚で恥ずかしい意見を堂々と述べるポップスターテイラースイフトの"Shake it off"のミュージック・ビデオにたいして、黒人女性への偏見に満ち溢れているといち早く批判したのはアール・スウェットシャツであったし(ちなみにお友達(だった?)タイラー・ザ・クリエーターは、その女性嫌悪トランスジェンダーにたいする醜悪な歌詞で英国とオーストラリアへの入国を最近禁止された)、母子家庭の女性への無料のコンサートを開いたのはJ.Coleであった。だから、ケンドリック・ラマーがなぜこんな人種問題に鈍感で女性差別の問題に無知な売れっ子スターとコラボしたのだろうかと心底疑問なのである。ケンドリック・ラマーのAlrightがMTVのベストビデオ賞を受賞しなかったことを批判しながら、この売れっ子ポップスターの鈍感なセンスのなさを端的にまとめているのがMusic.micだが、そんなことはとりあえずここではどうでもいい。

 

 こういう点から見てずっと一貫しているのはルーペ・フィアスコである。ルーペ・フィアスコといえば、FOXに呼びだしをくらって、オバマをテロリストと呼んだことの釈明をさせられたが、そこで、キャスターのBill O'Reillyが、オバマは私も、そして君のことも守ってくれる存在で、しかも政治学で博士号をとっているんだから、政治のド素人にそんなふうに呼ばれる筋合いはないというようなことを上から目線で言われたことにたいし、冷静に、この場合博士号なんてものは問題でないし、アメリカの大統領は軍隊の最高指揮官なんだから罪もない人たちのうえに爆弾を落とすことの責任は当然あるといったことを毅然と返して、FOXおよびこの爺さんを返り討ちにしたのだった。

 

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 それで、なにが一貫しているのかというと、女性への視点だ。ルーペ・フィアスコは、Hurt Me Soulという曲で、ラップは女性を貶めるから自分はラップが大嫌いだったと告白し、だけど、自分も女性に対してそういう態度をとることがあって、自分の偽善にtoo shortのラップが気づかせてくれたということを歌っている。そして、体を売る女性や子供を育てられない女性たちの行き場のなさを、彼女たちになりかわって歌い訴えるのだ。それと同時に、アメリカのあらゆる不正や病理から逃げる道がないことを歌い上げるのであるが、ルーペは最後は「この国を愛している」と言う、そして、だから、自分の声を聴いてほしい、と。

 

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 この国には愛すべきところなどほとんど何もないと言わんばかりなのであるが、彼が「この国を愛している」のは、おそらく、こんな国のなかにも良心といえるものがあると彼が信じているからだ、と思わせてくれるのが、Black Lives Matterの運動への「支持を表明するために」作られた、と言われているビデオなのだが、これは2006年のLupe Fiasco’s Food & Liquorのなかの一曲"It Just Might Be Okay"にたいして最近作られたビデオである。

 

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 売れてる(たぶん)ラッパーのビデオでこんなにやさしいビデオは近年見たことがない。ここに写るのは黒人の(しかも女性も男性も、老いも若きもである)他愛もない日常で、それがまたなんのステレオタイプ化もされず脚色も何もない素の姿のようなのである。そしてこの状況下で、やっぱりルーペ・フィアスコはかなりいい線をいっていると確信したのである。

 

 黒人の状況はAlrightでもOkayでもぜんぜんないが、そうなのだと信じたくなるような音楽状況ではないか、とルーペを見ていると元気づけられるのであるが、結局また音楽に救われるというような話になってしまうのであった。

 

 

とりあえず事実だけ

 Kalief Browderの事件とチャールストンでのテロリズムを経てこの間、実にさまざまなことがあって、いろいろ複雑なので、いろんな疑惑や違和感をはっきりさせるために、ちょっと整理のためのメモをしたい(ぜんぶ曖昧)のだが、まずは次の引用を書き留めておきたい。奴隷解放に尽力した元奴隷フレデリック・ダグラスの演説を聞いて感銘を受けたウィリアム・ロイド・ギャリソンは、ダグラスが奴隷制度の残虐さの本質を述べている点を次のようにまとめた。

 

・・・奴隷であるにしろ自由黒人であるにしろ、黒人の目撃者の証言で、奴隷所有者や監督が、どんなにひどいものであっても、奴隷の体に加えた暴行で有罪と宣告されることはありえない、ということを忘れないようにしよう。奴隷取締法によって、彼らは、まるで実際獣類の一部であるかのように、白人に対して不利な証言をする資格はない、と考えられているのだ。したがって、奴隷に対しては、形式上いかなるものが存在するにせよ、実際には法的保護は存在しないのである。それゆえ、彼らにはどんな量の残虐さを加えても、罰せられることはないのだ。人間の心にとって、これ以上に恐ろしい社会状態を考えることは不可能であろう。(『数奇なる奴隷の半生 フレデリック・ダグラス自伝』(岡田誠一訳、りぶらりあ選書/法政大学出版局、1993年)、11頁)

 

 このさい、なぜいまさらフレデリック・ダグラスなのかということはどうでもいいことだし、『現代思想』のある特集でコーネル・ウエストとマルコムXとパレーシアについて書かれた文章があるとひとに教えてもらって、パレーシアがマレーシアに聞こえて、コーネル・ウエストがマルコムXというのは繋がるけど、マルコムXとマレーシアってなに、斬新!と無知でトンチンカンな応答をしてしまったということも同じくらいどうでもいいことで、要はコーネル・ウエストのBlack Prophetic Fireのトップバッターで挙げられているフレデリック・ダグラスの人物描写があまりにおもしろすぎてもう一度読み返したというだけのことなのだが、この文章はこの間の黒人をめぐるアメリカの危機的としかいいようのない状況のことを言っているとしか思えなかったのだ。

 

 それで、この間見聞きした状況とは何かと言うと、何からメモっていいのかわからないが、とにかく凄まじく恐ろしくおぞましく残酷な状況が繰り広げられているという事実をまず確認したい。サイコパステロリスト野郎が9人もの尊い命を奪った後でバーガーキングでランチを与えられている一方、毎日ハッシュタグのついた黒人の名前と写真を見ない日は無く、それが意味するものはもちろん、そのひとたちは警官に、白人に、何ものかに、殺されたということだ。ファーガソンから1年目のプロテストで12歳の黒人の女の子が理由もなく逮捕された、14歳の黒人の男の子が警察から7発の銃を体に打ち込まれて一命はとりとめたものの両親は医療費の工面に困っている、トランスジェンダーの黒人が何人も殺されている、デートしていた白人の女の子と黒人の男の子の高校生カップルが行方不明になっている、妊娠している黒人女性が警官に殴られた、公衆の面前で、そして警察のいる前で黒人女性のうえに馬乗りになって暴力を振るうロクデナシ白人男、でも誰も何もしない、などなどなどなど、もう多すぎて覚えておくことすら不可能。そしてここのところ一番目にしたのは、活動家でもあったサンドラ・ブランドという黒人女性が「交通違反」を理由に捕まって留置所で死体で見つかったというニュース。警察の発表は「自殺」だが、だれもそんな発表は信じていない。オバマが大統領では初めて連邦刑務所を訪問したし、Kalief Browderたちを自殺に追いやった独居房の廃止も検討されているが、アメリカの人種関係は混迷を極めているというより、もう危機的である。

 

 他方、BET Music Awardでグラフィティで彩られたパトカーの上に乗ってAlrightをパフォーマンスしたケンドリック・ラマーにたいし、FOXニュースのおそらくはお抱えコメンテーターのような存在の、いまどき流行らない口ひげを生やした40年位前のソープオペラに出てくる三流役者のような顔をした自称弁護士が、警官の暴力を棚上げにしながらラマーは暴力を煽っており、コミュニティにとって最大の危機だというような、これまた陳腐でお決まりの時代遅れの頭の悪い批判をしたために、TMZのキャスターはまじめ腐った顔で警官の車に乗ってパフォーマンスなんてなんでそんなことしたん?とラマーに聞かねばならなくなったわけだし、ケンドリック・ラマーのほうもやむなく暴力をあおっているんではないとわざわざ言うまでも無いことを時間を割いて言わねばならないのである。ちなみにこの口ひげソープオペラ親父は2012年に17歳のTrayvon Martinを射殺した白人に無罪判決が言い渡されたときに、同じくFOXニュースでTrayvon Martinは「ちんぴらみたいな格好をしていた」から仕方ないというようなことを言い放ったクソ野郎である、ということをここにしっかりと付け加えておきたい。Black Lives Matterの抗議行動では、にらみをきかせる警官の前で黒人たちが"We gon' be alright! We gon' be alright!"と叫んでいた。そのくらいあのパフォーマンスは影響力を持っていたのだから、あの口ひげは直感的によほどの危機感を抱いたのに違いない。

そしてまた、ケンドリック・ラマーは、フィアンセのホイットニーさんの肌の色が薄すぎるということを、一部の黒人に非難されている。

 

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ちなみにこれはふつうのミュージック・ビデオ

 

 また最近では、シンガーソングライターのJanelle Monaeが、NBCのThe Today Showでのパフォーマンスの終わりに、警官の蛮行で死んだひとびとに神の恵みがありますように!など、人種問題にかかわるメッセージを発し始めたとたん、NBCは彼女の言葉にキャスターの声をかぶせてメッセージを掻き消し、彼女の言葉を聞こえなくした。

mic.com

 

 Black Lives Matterの活動家たちがヒラリーと個人的な会話をした。活動家は言う、問題は白人の暴力だ、と。ヒラリーは返す、あなたがたは女性や同性愛者のように目標をしっかりたててがんばらねばならない、と。だから彼女は平然とつぎのようにいえるのだ、Black Lives Matterではなく、All Lives Matterだと。

 

 これら一連の動きの中でふつふつとある違和感が出てきたのだが、長くなって疲れてきたのでそれはまた次にしたい。ともかくも、奴隷制時代からずっと続いてきていたことがネットのおかげでいまさら顕在化しただけなのか、それとも近年さらにひどくなっているのかよくわからないのだが、これはあまりに酷すぎないだろうか。

2015年の「新入生」たち

  毎年、XXLというヒップホップの雑誌がXXL Freshmanというイベントをやっていて、2008年から始まっているらしいのだが、ちょうどこのくらいの時期(6月とか)その年注目の今後期待の大きいヒップホップアーティストを10人選んで、フリースタイルラップをさせたり、ライブをやらせたり、夏号のXXL雑誌の表紙にしたり、ラウンドテーブル・ディスカッションまでやらせたりして、注目新人のお披露目とか応援とか、雑誌の売り上げとか、ヒップホップを盛り上げるとか、まあいろんな意味があるみたい。たとえば2010年にはJ.Cole、2011年にはケンドリック・ラマー、2014年にはチャンス・ザ・ラッパーがフレッシュマンのなかに選ばれていて、いまでもガンガンがんばっている。もちろん、拒否したひともいるようで、過去にこれに選ばれるのを拒否したのは7人、ジェイ・エレクトロニカ、ドレイク、ニッキ・ミナージュ、VADO、エイザップ・ロッキー、アール・スウェットシャツ、ヤング・サグだそうです。

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それで今年の10人は、この方たち。

 

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Source: XXL Freshmen

Fetty Wap, Dej Loaf, Vince Staples, Raury, Goldlink, Tink, Shy Glizzy, K camp, OG Maco, Kidd Kiddの10人。

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  この3年ほど、ファンにも選択する権利が与えられたらしく、10番目、つまり最後の一人を選ぶときにはファンも投票できるらしいのだが、そういうのも含めて、この10人を選ぶのに毎年8か月かかるそうである。音楽を聴くことから始まり、会ったり、面談したり(!)、選んだり、削除したり、選び直したり・・・選ぶ方もたいへんな作業である。

 しかし、8年で80人、その80人のなかには、きっといまひとつぱっとしなかったひともいるだろうし、その80人の下には、もっともっと多くの屍が転がっているのだと思うと、どこも厳しい世界だなあと、一般論のうえにただの感想。

 2014年のチャンス・ザ・ラッパーのFreshmen Cypherはよかった。Cypherというのは、アーバン・ディクショナリー(ネットで見れるスラング辞書)によれば、なにかを順々にやることで、たとえばフリースタイルでラップする場合、代わる代わるラップすることらしいが、たとえば、その2014年のチャンス・ザ・ラッパーが出ているのを見ればわかる通り、10人が3~4人のグループに分かれ、グループごとで、後ろでDJが音を鳴らしていて、その一曲に合わせて決められた時間(数分か数十秒か)だけ、一人一人が自分のスタイルでラップしていくということのようである。(Cypherって呪文という意味なんだけど、ああ、なるほど、同じ言葉をぶつぶつ繰り返すっていうところから来てるんかな?)。なにがよかったかというと、明らかに他のラッパーと違うのがわかるし(DJも周りも感心してた)、蹴落としてやろうとか奇をてらってなんかやってやろうっていう気概がないのがよかった。
 以下はThe Boomboxというブラック・ミュージックを扱うサイトがまとめた、これまでのfreshmen cypherでサイアクだったのと最高だったもののランキング。悪い順に並んでいるそうである。その導入部にはこう書かれている。

 

過去数年間、XXLのフレッシュマン・サイファーは、ヒップホップの頂点にいる人びとからラップの新参者までのかなりの注目をhave garnered集めてきた。2011年にits inception始まって以来、 サイファーはこのブランド[XXL Freshman]にとってhas become a stapleひとつの中心的要素となっている。ケンドリック・ラマー、ジョーイ・バッドアス、マックルモア、ロジックのようなラッパーたちはライオンの隠れ家[サイファーのこと]にunscathed完全に無傷な状態でhave walked into堂々と足を踏み入れたのだが、haven’t fared so wellそううまくはやれなかったものもいたのだ。

     自分のお気に入りの有名になりつつあるアーティストたちの新しいバーズ(スラング辞典によると、4ビートで繰り出せるリリックのことらしい。早口であればあるほど4ビートのあいだに繰り出せるバーズは多い。)が聞けるのをyearning to心待ちにしているファンがいてこそ、XXL はまさにこういうことができるようなprovided the platform基盤を作ったのだ。2011年にわれわれは、若きK Dot[ケンドリック・ラマーのこと]が、そのbreathtaking息をのむようなヴァースでもって期待と自信をexude溢れ出させているのを見た。2012年にはダニー・ブラウンとHospinがサイファーを自分たちの個人的な領域へとtransformed変容させた。2013年には、Joey Bada$$, Action Bronson, Ab-Soul そしてTravis $cott が、cohesive結合力があってリリック的にsolid濃いサイファーを見せてくれた。XXLに、こういった記憶すべき瞬間のorchestratingお膳立てをしたいというpenchant forの強い傾向があったことは、多くのアーティストたちにとって威信を作り上げる一助となった。このat handすぐそばにあるthe platform出発点take advantage of利用できるものもいた一方で、flounderedへまをしたものもいるのである。

 

 

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2011年のケンドリック・ラマーのグループは2位。

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2014年のチャンス・ザ・ラッパーのグループは7位

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 すごいイベントだ。

 Fetty Wapがいろんなところで話題だけれど、個人的には今年はDej LoafとTinkという女性ラッパーと、麦藁帽のRouryが大注目である。あの麦藁帽子の下のニコニコ顔をただの愛想のいいラッパーとみていいのか、不敵とみていいのか・・・

Kalief Browderを忘れない

気の滅入るニュースばかりである。
もちろんサウスカロライナ州チャールストンでの妄想サイコパス人種主義テロリスト野郎によるテロリズムは、その事件自体の残酷さのみならず、この事件のすぐ後メディアが間髪入れずにこの事件を「ヘイトクライム」と呼んだこと、「テロリズム」ではないとはっきり言う議員、頭の悪い田舎者の判事が犠牲者は9人の殺された黒人だけではなく、犯人の家族も犠牲者だとわけのわからない必要のない発言をしたこと、奴隷制度に支えられた南部13州の「誇り」の象徴である旗を降ろせだの降ろさないだのとの議論(南部のラッパーはほとんどこの問題(旗)に冷淡であること)、そして多くの有名な黒人アーティストがすぐにこの事件に反応したことと、人種主義とか人種問題の根深さと複雑さを改めて感じたのであるが、個人的にもっとも衝撃的だったのは、犠牲者の家族が犯人に向かって「わたしは、わたしたちは、あなたを赦します」と静かに何度も言う映像とそれを聞くふてぶてしい犯人の様子だったのだが、この事件の前に起こって、ここ最近ずっと悲しくて悲しくてもう心が潰れそうに落ち込んだ事件は、6月6日のKalief Browderの自殺の事件なのである。

ブロンクスに住むKalief Browderは16歳(2010年)の時にバックパックを盗んだ
という言いがかりによって、本人は一度も罪を認めなかったし、証拠もないにもかかわらず、そして裁判すら行われない状態で、30万円の保釈金が払えずに、リカーアイランドの悪名高い刑務所に3年間放り込まれた。司法取引には一切応じなかった、なぜならば自分の犯していない罪を認めるなどといったことが正しいこととは思えなかったからだ。3年間のうち、ほぼ2年間は独居房に隔離された。毎日毎日看守から、そして囚人のギャングから暴力を振るわれた(その様子を捉えたビデオ映像は、Kaliefが釈放された後にオンラインで、もちろん本人の許可のもとで公開された)。想像を絶する身の毛もよだつような恐ろしい刑務所での3年間、何度も自殺未遂をおこなった。入所前にはなんら精神的な病歴などなかったにもかかわらず。そして3年間の刑務所生活のあと、何の説明もなく釈放された。

 勇気ある彼は、刑務所で経験した自分の話を公にした。インタビューで、テレビ
で。この勇気ある行動によって、彼の話はいろいろな多くのひとに彼に支援の手を差し伸べさせた。彼の話を最初に取り上げたのはThe New Yoker上で、Jennifer Gonnermanだった。彼女のすばらしいKaliefについての記事と、彼自身の勇気ある行動によって、彼は出所後からこの2年間、いろいろとサポートを得ることになった。たとえば、ブロンクスのコミュニティ・カレッジで勉強するお金を匿名で出してくれる人が現れた(そのひとはGonnermanの記事を読んでいた)。出所後半年して自殺未遂をしたので精神科にもかかっていた。またあるいは、虐待される映像をオンラインで見ていたジェイZは彼に会って話をした。女優でコメディアンのロージー・オドネルは個人的な付き合いを持って彼を支えようとした。ロージー・オドネルの書いたカリーフにささげられた詩では、彼がジェイZに会えて心底喜んでいたこと、オドネルとジェイZとカニエは彼のことをほんとうにすごい人だと話していると彼に伝えたことがつづられている。だがこの喜びは、Gonnermanのみるところ、「多幸症」のように見えるものだったらしい。ジョン・レジェンドはこの4月にFree Americaという運動を立ち上げて、刑務所に入れられている16歳とか17歳とか、もう子どもと言っていい少年少女たちを大人と一緒に収監しないなどかなり具体的な要求をNY市につきつけた。この件についてはRaise the Ageという運動が同じように尽力している。そしてジョン・レジェンドはKaliefの死に関してのエッセイも書いた。Kalief Browderの写真はどれも、深い深い悲しみと苦しみと絶望とぜったいに癒すことのできない傷が刻みつけられたさびしい顔をしたものばかりだ。彼の勇気ある行動に引きつけられた人々とのつながりによって、彼は一人ではなかったんだと、ほんの数枚の笑顔の写真を見て救われる思いがするものの、Gonnermanの言うとおり、彼の魂の奥深くに根づいてしまった彼の苦しみは、そういったことで癒えるようなものでは到底なかったのである。彼は死ぬ1時間前にオドネルとメールのやり取りをしていた。最後に母親と交わした言葉は「もう耐えられない」だった。もう何度も何度も死のうと思っていたのだ。彼が自殺した時、「彼はとうとう自殺をやり遂げた」と報じたメディアもあったぐらいなのである。そして、これはあまり報じられていないような印象を受けるのだが、彼が死んだのは、再び、いわれのない罪によって裁判所に出頭しなければならなかった日の前の日だったそうである。

彼はヒーローだと言われて、多くの人が彼の死を悼むために集まったし、彼の受けた虐待の映像が公開されて以後、また自殺を受けて、刑務所の改革が急速に進み始める気配を見せてきたのだが、この自殺の事件を知って心を痛めているだけの人間に言われる筋合いのことでないし、そんな資格がないことはもちろん百も承知なのであるし、Kaliefは何千人とも知れない同じような経験をしている若い黒人の一人であって、今この瞬間にもあの忌まわしいSolitary confinementと呼ばれる独居房のなかで虐待を受けたり、自殺をしたり、殺されたりしている少年少女がいて、たまたま彼が勇気のある人物だったために、たまたまつぶさに彼の経験が明らかになっただけなのはわかるのであるが、彼はヒーローや有名になりたかったわけでもなく、ただただ10代の後半をみんなと同じように普通に過ごしたかっただけであるし、こんなことは何十年も前からアンジェラ・デイヴィスをはじめとして問題化され続けているにも拘わらず、なぜ3年も、なぜその間にだれかなんとか助けてあげられなかったのか、なぜなぜなぜ・・・とそればかりを考えてしまうのである。ニューヨーク市長のデブラシオは彼の死を無駄にしないといったらしいが、死を無駄にしないとか、死の顕彰とか、そんなものなんかではなく、彼は生きていたかったし、楽しく生きたかっただろうし、彼は強く勇気ある人間だったから、誰もが同じ目に合わない様にと自分の体験をかったったのであるが、権力を持つ人間としてその前にやれることがあったんじゃないのかなどと、力を持たない人間として(を口実にして)文句を言いたくもなるのである。

 

Kaliefが生まれたのは1993年、その2年後の『現代思想』に掲載されたアイス・キューブとベル・フックスとの対談の中でアイス・キューブは「この国で黒人であることはきついことだよ」と言ったわけだが、黒人であることのきつさは、命や身の安全がまったく保障されていないというところにあるだろう。道を歩いていれば警察に襲撃され、正義をつかさどっているはずの裁判所は機能しておらず、ギャングのうようよいる刑務所のなかでは生き地獄を味わわされ、そして死んでいく。なにもしてないのに、である。ただ黒人であるというだけで。緩慢なテロリズムではないか。このような状況では、Kaliefが望んでいた高校の卒業証明書をもらって、プロムに出て、家を出て独り立ちし、大学へ行くとか働くとかの選択肢があって、恋愛をし結婚をしたりしなかったりして・・・という、まったく何の変哲も無い生活を送ることは逆に奇跡的なことなのではないだろうかという気にすらなってくる。

Kaliefは彼の7人の兄弟の末っ子だった。7人のうち、5人は養子だという。彼の母親は分け隔てなく彼らをかわいがり、そして、Kaliefのことは「ピーナッツ」とよんでとてもかわいがっていたといわれる。彼女は見るからに肝っ玉母さんな恰幅のいいお母さんなのだが、Music.Micが伝えたように、彼女はKaliefをこんな風に失って自分が死ぬまで地獄の苦しみだと言っている。

この間、もうまったく音楽についてフォローする元気がなかった。ラッパーに期待するとか、音楽で救われるとか、そんなの嘘っぱちだという気にすらなっている。それでも家では音楽が流れている。そしてそんな時に限って流れているのが、たとえば、2010年のギル・スコット・ヘロンの最後のアルバムI'm New HereのThe xxのJamie xxによる2011年のリミックス版We're New Hereだったりするのであって、ギル・スコット・ヘロンの歌う「NY is killing me」というのはKalief、ひいてはKaliefSのことだろうか・・・とすべてがKaliefにつながっていってしまって、もうそこはかとなくただただ悲しいのである(だがNYがKaliefを殺したことは間違いない)。D'Angeloが新しいアルバムの準備をしているらしいのだが、最近彼が、元パンサー党のボビー・シールと会って話したという話題を目にして、そこでD'Angeloは、音楽で社会を変えられると言うのだし、自分のほかにはケンドリック・ラマーぐらいしかそんな力のあるやつは最近はいないねと自分の音楽が社会を変える力を持つという自負とともに語るのであるが、Kaliefの自殺の前ではその言葉もすっかりかすんでしまったのである。だけど、とおもうのだ。そういうものがなかったとしたら、われわれに残されるものとはなにがあるだろうかと。こんな狂った世の中に、サグライフ(チンピラごろつき生活)賛歌のくそったれソングやらあなたが好きだの嫌いだのといったどうでもいい独り芝居音楽だけだとしたら、それこそこの世の終わりではないか。

 

 ケンドリック・ラマーではないが、誰かがKaliefのことを、あるいは多くのKalief(Kaliefたち)について、どんな形でもいいので歌ってくれますように。そしてKaliefの人生の上っ面をなぞっただけの凡庸な映画などぜったいに撮られませんように。

 

今回のメモのソース

 

www.newyorker.com

mic.com

www.ny1.com

Rosie.com

abc.go.com

その他

音楽で救われる

  

www.youtube.com

 2013年にアムステルダムでおこなわれたケンドリック・ラマーのライブを見て、自分のケンドリック好き度もまだまだであるとおもわされたのであるが、37分間飛び続けることは体力的に無理だとしても、37分間一緒に歌い続けることはできるかもしれない、でもちょっとまって、一週間に一曲をまるっと暗記するとしたら、1年で48曲覚えられるから、Section 80からTo Pimp A Butterflyまでたぶんカバーできて1年後のライブには間に合うし、万が一ステージ上で一緒にラップすることになったとして完璧な英語で完璧にラップするにはやっぱりニッポン人ゆえ一曲を一週間でマスターするのは、つまり頭に入れ、イメージを持ちながら体に染み込ませるところまでは無理かもしれない・・・とへんな妄想を膨らませたのは、ほかでもない、このライブだけでなく、6月にはいってやたらに目にした、次のような記事のせいである。

 

kendrick lamar fan sweetlife

 

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 こういうことは結構あることなのだろうか、音楽によって人生を変えられるとか、人生の危機を乗り越えるということは。5月の末に、メリーランドで行われたライブで、ケンドリック・ラマーは、ライブの途中、ちょっとかわったことをやってみよう!と、ライブに来てくれている観客をステージに上げて一緒に歌う、という試みをしたらしいのであるが、トップバッター(たぶん)に、ぜんぜん歌えねえ男を選んでしまって、だめだめだめだめぜんぜんだめ(その男はガタイのいいお兄さんに退場させられる)、やっぱ若い女の子に歌ってもらおうということで、最初にステージに上がるチャンスを掴んだ女の子はそれはそれはノリノリに歌って踊って大満足で去っていったのであるが、つぎにケンドリック・ラマーの目を釘付けにした女の子は、16歳の白人の女の子だった。なぜ釘付けになったのかというと、ラマーは彼女が泣いていたのを見たのと、次のように言ったのを唇の動きで聞いたからだ、「あなたはわたしの命を救ってくれた、私は死のうとおもっていた」と。このときラマーが「オレが君の命を救ったの?君がオレの命を救ってくれたんだよ」と言った場面は、tumblrでもたいへんよく出回っていた。ラマーは彼女に手を伸ばそうとしたけど、どうしても届かなかった。だから、「彼女をステージにあげて」とセキュリティに頼んだ。ステージに上がった彼女は泣いてしまって、というか最初からずっと泣いていて、ラマーに抱きついて何か言っていたんだけど、そのあとラマーは観客に向かって「この若い女性は人生でほんとにいろんなことを味わってきた。彼女はオレにここでホントにおこったことをいくつか話してくれた。彼女の言ってくれたことでオレは気づくよ、なんでオレがこんなことやってんのかってことにね。最初は自己満足、おれ自身のため、おれの仲間のためだけにやってたんだ。だけど、こういう若い女性のためにやるんだし、ここにいるみんなのためにやるんだ。ほんとのことだ」(ぐらいな感じだろか)と言って、その女の子は観客のかなりあったかーい拍手と空気に包まれてステージの後ろに下がって言ったのである。ラマーは結局この女の子に「自分の話をしてもらいたい」とおもって、このライブのあとに楽屋で少し話をしたらしいのだが、その内容もとても詳しく報道された。この女の子は、15歳のとき(ついこのあいだ)うつ病だと診断されて、何度も自殺したいとおもっていたけど、ケンドリック・ラマーの曲を何度も何度も聴いて、自分が死ななかったのは彼の曲のおかげだ、自分は自分自身のままでいいのだし、わたしには自分の歌がある、とおもうようになれて死ななかったという話をしたという。この日ライブに来たのは、ただただラマーに感謝したかったからだと。

 

 この記事をいろんなところで目にしたとき、ラマーのすごさを再認識すると同時に、まだまだ分かってないな自分、とちょっと悲しかったのである。というのは、自分にこういう経験があるだろうかと考えると、ちょっと思いつかないのだ。たとえば、すごくテンションをあげなきゃやってられないような仕事のときにラップを聴くとかはあったしあるのだし、ラップに感動することも感激することももちろんあるのだが、ラップで歌われる歌詞というのはウィル・スミスじゃあるまいし、だいたいそんなに明るいものではないのだから、真剣に聴くとどうしても真剣になってしまうし、うつ病に近い経験で言えば、子どもを生んだときに、たいへんなものを抱え込んでしまった、一生この命を守っていかねばならないという責任を負って生きていかねばならないなんて荷が重過ぎる、もとに戻すことができないのならば自分が死ぬしかない、ぐらいにはストレスフルな状態にあったときにラップを聴いて前向きになれたかというと、聴くラップといえばFuck Tha Police!な感じだったから、ポリスはいいからこの生き物をなんとかしてくれ!という感じだったし、ギル・スコット・ヘロンやアイズリー・ブラザーズやダニー・ハザウェイを聞いて多少癒されたものの、その生物が生まれ出る前の生活を懐かしむ程度で、まったく前向きにはなれなかったのだし・・・と、こんな感じなのである。だけど、劇的に変わる経験はなくとも、tupacにはじまり、ウータンクランとかパブリック・エネミーde la soulとかnasを経てラマーに至るまで、きっとどこかに少しずつ影響を受けているんじゃないかなーとはおもうのである。

 

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 ケンドリック・ラマーが真剣すぎて、何度見ても泣ける(また)。若い子が生きる喜びに輝いている姿を見るのは元気がでることなのだし、そういった場面というのはそうそう見られるものでもなく、こんな時代の中においてこれはやっぱり幸せなニュースなのであった。

ストリートを歌うことについて

 コンプレックス・ニュースはケンドリック・ラマーについて気の利いた特集をときどきやるのであるが、今回よかったなとおもったのは、ラマーの曲のベスト10だった。

 

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10. Hiiipower

9. u

8. Alright

7. A.D.H.D.

6 Backstreet Freestyle

5.The Blacker The Berry

4. Money Trees

3. Sing About Me, I'm Dying of Thirst

2. Cartoon & Cereal

1. M.A.A.D. city

 

 それで、いつかぜったいにメモっておかなければならないとずっとおもっていたのが、3位に挙げられていた"Sing about me, I'm dying of Thirst"であったのだ。この曲は、ここでも言われているように、Grant Greenの"Maybe tomorrow"をサンプリングして、アルバムでは12分にも及ぶ長さで、2部に分かれていて、Grant Greenをサンプリングしているのは前半で、後半はまたまったく違う曲調のより緊張感の漂う曲になっている。ケンドリック・ラマーがいろんなところで証言もしているように、前半と後半ではまったく曲調も違うし、そこで語られている事件も違うのだけど、なぜ一緒になっているかというと、前半と後半で歌われる、というかラップされる事件が同じ日に起こったから、というのである。なにが起こったのかというと、コンプレックスでも触れられているが、前半で歌われているのは、Keishaという女の子がレイプされて殺されてしまった事件で、このとき、そのたしか妹が、ラマーに向かって、姉のことはぜったいに歌わないでくれ、といった、ということもラマーはどこかで明らかにしていた。そして後半では、親しい友人のお兄さんが殺されてしまう事件について歌うのだが、このとき、そのお兄さんがケンドリックに、こういったらしいのだ、俺のことを歌うと約束してくれ、と。それがさびの部分で歌われるPromise that you will sing about meである。そして前半については、Sing About Me Part 1として、ビデオも作られた。この曲はgood kid, m.A.A.d. cityのなかでも一番好きな曲なのだが、曲の背景を知って、曲にこめられた意味を知り、さらにこの映像を見て、また泣いてしまったのである。そうだったのか、「光がさえぎられたら、今度は俺の番だ、懸念してたことをやらなきゃ。俺のことを歌うと約束してくれと彼が言ったことを。When the lights shut off / And it's my turn to settle down my main concern / Promise that you will sing about me / Promise that you will sing about me」という光がさえぎられたらというのの意味が、たとえば幕が上がったらとか(陳腐だけど)ならわかるんだけどとずっとおもっていたのだが、死んでしまった友達の兄さんの目の前から、ひいてはひとの目の前から光がさえぎられたらという意味だったんだ!と・・・(勝手な解釈)

 

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 この映像では、ストリートが描かれる。でも歌われるような、悲惨な様子のストリートではない。プロのグラフィティ・ライターEddie Peakeが倉庫でグラフィティを作っている様子と平行して、コンプトンのストリートをケンドリック・ラマーが車で走っている様子が描かれる。彼が車で向かっているのはグラフィティの描かれた倉庫で、そこに着いたラマーが目にするのは、そして見ているわれわれ自身もまた初めて目にすることになるのは、ピークによるすばらしいグラフィティ・アートだ。それを見たラマーの満面の笑顔とそこに描かれた文字のひとつひとつを読むと、ストリートの現実が現実なだけに、これまた泣けるのである。

 

 ここ最近、どのニュース媒体(LA TimesとかNew York Timesとかだけだけど)を見ても目に入るのが、黒人の射殺事件とか、長いこと独居房に閉じ込められていた若い黒人が出所後に自殺したとか、警察の対応への怒りと抗議運動とか、そんなニュースばかりである。ストリートについていろんな描き方があるとおもうが、これは、これがストリートの現実だといわんばかりに、悲惨なニュースばりの虚構の物語をそこでふたたび演じ映し出したり、復讐の物語を見せるのではなく、グラフィティとラップとストリートという本来的な「ヒップホップ」の要素をすばらしく芸術的に組み合わせることでできた感動的な映像だとおもうのである。ケンドリック・ラマーこそがストリート・カルチャーを生きているんじゃないだろうか。

 

 ちなみに、そんなに有名じゃぜんぜんないが、RKHTYのこの曲のカバーも、どんなもんだろと最初はおもっていたけど、美しくて意外によくてまた泣いてしまった。元の歌がやっぱりいいんだろうなとおもう。RKHTYは歌がうまいのでがんばってほしい。

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