読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

非凡な若きラッパーの凡庸(そう)なショート・フィルム

 ケンドリック・ラマーの新しいアルバムのレビューがPitchforkというウェブで9.3/10点という高得点を得ていて、good kid, m.A.A.d.cityの9.5点にはほんの少し及ばないものの(この点数を参考にしているわけでも信用しているわけでもないけど)、勝るとも劣らない出来栄えなのだと、ますます楽しみになったのであるが(ちなみにそのレビューで10点満点を獲得しているのは、べつになんの驚きもないが、NASIllmaticである)、それとはまったく無関係に、たまたまChance the Rapperがショート・フィルムを作ったらしいという記事をVibeのウェブ版で発見して、今年前半はほんとうに音楽に映画にと豊作であるとうれしくなったものの、その内容がたいへんにツマラナそうなのであるが、いろんなことのついでにいちおうメモっておこうとおもう。その短編映画のタイトルがまた、「ミスター・ハッピー」というのであって、ケンドリック・ラマーのショートフィルムとは、そのタイトルからしてえらい違いで、内容に関しては推して知るべしと思えてしまうのである。

 

www.vibe.com

 あらすじはとても簡単。

 この映画は、ヴィクターという名前の少年(Chance the Rappar演じる)の物語なのであるが、彼はa dead end job(将来性のない仕事)に行き詰まりを感じ、最近caught his ex-girlfriend cheating (元彼女が浮気している現場を見つけてしまい)on the verge of いまにも自殺しそうな状態である。さまざまな自殺を試みては失敗した挙句、ヴィクターはMr. Happy.comというウェブサイトを発見するのだが、そこは、the way he wants(彼が望むとおりの方法で)彼の命を絶つ手伝いをしてくれる人物を雇うことができるところだ。

 とても高価な買い物をした後で(=Mr. Happy.comで誰かに金を払った)、彼はa love interest(ある一人の恋愛の相手)にたいして新たな幸せを見出し、もはや自分を殺してもらう取り決めを続けたいとはおもわなくなる。この筋が濃密になってくるのは、ヴィクターと彼の新しい恋愛相手がヴァレンタインに差し掛かる日に姿を消すときだ(ヴィクターは死ぬ日を2月14日に選ぶ)。

 

 Vibeで紹介されている筋はここまでであるが、チャンスが主演のみならず、監督デビューも果たしたという約24分のこの短編映画を実際に観てみると、陳腐であるがひどくツマラナイわけでもない。

www.youtube.com

 元彼女も新たな彼女もともに白人女性なのであるが、ちゃんと理由があるのである(という気がする)。

 

 だけど、チャンスの多才さは、こんな陳腐な短編映画のなかでなくとも観ることができる。ジェイムズ・ブレイクのLife Round Hereを最初にリミックスして公開したのはチャンスのほうだったのだが、そのときのアレンジとはまた違った雰囲気になっているふたりがコラボレーションしたこの曲のpvでは、チャンスの高音の歌声が聴けたり(インタビューでジェイムズ・ブレイクが褒めていた。チャンス・ザ・シンガーだよ、と)、ちょっとした演技が見られて楽しい。この映像自体も美しい。イングランドの田舎をふたりの乗ったオープンカーがただ走り続けるというだけの映像なのだが、白人中年女性と黒人男性のカップル、若い4人組のBガール(風)たち、喧嘩をする白人老人と黒人青年、白人のシスターと黒人の神父、なにかを企んでいる風の3人の黒人(らしき)青年たち、の前をふたりが通り過ぎていく、というただそれだけの映像なのだが、この最後の青年たちの前を通り過ぎるという場面でチャンスの見せるちょっとした演技が秀逸なのである。映像作家のNabilがただイングランドの田舎が好きなんだ、という理由だけで選ばれた場所であるらしいが、この映像は、美しく、透明で、同じく美しいジェイムズ・ブレイクのLife Round Hereにぴったりと合って、この曲とこのコンビにはこの映像しかないではないかとおもってしまうのである。

www.youtube.com

 しかし、チャンスの短編映画やジェイムズ・ブレイクとのこの映像を見るたびに、人種問題というのは社会に、文化に、ひとびとの深層に、(そして自分自身にも)深く深く根ざしてしまいすぎているのではないかと、つい深く考え込んでしまうのである。なにかを見るときに白人とか黒人とか何人とかを考えずにすますことができる日というのは、生きているあいだに訪れるのだろうか。こんな美しい映像を、自分自身にうんざりしながらため息とともに観なければならないのはほんとうに残念である。