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音楽で救われる

  

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 2013年にアムステルダムでおこなわれたケンドリック・ラマーのライブを見て、自分のケンドリック好き度もまだまだであるとおもわされたのであるが、37分間飛び続けることは体力的に無理だとしても、37分間一緒に歌い続けることはできるかもしれない、でもちょっとまって、一週間に一曲をまるっと暗記するとしたら、1年で48曲覚えられるから、Section 80からTo Pimp A Butterflyまでたぶんカバーできて1年後のライブには間に合うし、万が一ステージ上で一緒にラップすることになったとして完璧な英語で完璧にラップするにはやっぱりニッポン人ゆえ一曲を一週間でマスターするのは、つまり頭に入れ、イメージを持ちながら体に染み込ませるところまでは無理かもしれない・・・とへんな妄想を膨らませたのは、ほかでもない、このライブだけでなく、6月にはいってやたらに目にした、次のような記事のせいである。

 

kendrick lamar fan sweetlife

 

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 こういうことは結構あることなのだろうか、音楽によって人生を変えられるとか、人生の危機を乗り越えるということは。5月の末に、メリーランドで行われたライブで、ケンドリック・ラマーは、ライブの途中、ちょっとかわったことをやってみよう!と、ライブに来てくれている観客をステージに上げて一緒に歌う、という試みをしたらしいのであるが、トップバッター(たぶん)に、ぜんぜん歌えねえ男を選んでしまって、だめだめだめだめぜんぜんだめ(その男はガタイのいいお兄さんに退場させられる)、やっぱ若い女の子に歌ってもらおうということで、最初にステージに上がるチャンスを掴んだ女の子はそれはそれはノリノリに歌って踊って大満足で去っていったのであるが、つぎにケンドリック・ラマーの目を釘付けにした女の子は、16歳の白人の女の子だった。なぜ釘付けになったのかというと、ラマーは彼女が泣いていたのを見たのと、次のように言ったのを唇の動きで聞いたからだ、「あなたはわたしの命を救ってくれた、私は死のうとおもっていた」と。このときラマーが「オレが君の命を救ったの?君がオレの命を救ってくれたんだよ」と言った場面は、tumblrでもたいへんよく出回っていた。ラマーは彼女に手を伸ばそうとしたけど、どうしても届かなかった。だから、「彼女をステージにあげて」とセキュリティに頼んだ。ステージに上がった彼女は泣いてしまって、というか最初からずっと泣いていて、ラマーに抱きついて何か言っていたんだけど、そのあとラマーは観客に向かって「この若い女性は人生でほんとにいろんなことを味わってきた。彼女はオレにここでホントにおこったことをいくつか話してくれた。彼女の言ってくれたことでオレは気づくよ、なんでオレがこんなことやってんのかってことにね。最初は自己満足、おれ自身のため、おれの仲間のためだけにやってたんだ。だけど、こういう若い女性のためにやるんだし、ここにいるみんなのためにやるんだ。ほんとのことだ」(ぐらいな感じだろか)と言って、その女の子は観客のかなりあったかーい拍手と空気に包まれてステージの後ろに下がって言ったのである。ラマーは結局この女の子に「自分の話をしてもらいたい」とおもって、このライブのあとに楽屋で少し話をしたらしいのだが、その内容もとても詳しく報道された。この女の子は、15歳のとき(ついこのあいだ)うつ病だと診断されて、何度も自殺したいとおもっていたけど、ケンドリック・ラマーの曲を何度も何度も聴いて、自分が死ななかったのは彼の曲のおかげだ、自分は自分自身のままでいいのだし、わたしには自分の歌がある、とおもうようになれて死ななかったという話をしたという。この日ライブに来たのは、ただただラマーに感謝したかったからだと。

 

 この記事をいろんなところで目にしたとき、ラマーのすごさを再認識すると同時に、まだまだ分かってないな自分、とちょっと悲しかったのである。というのは、自分にこういう経験があるだろうかと考えると、ちょっと思いつかないのだ。たとえば、すごくテンションをあげなきゃやってられないような仕事のときにラップを聴くとかはあったしあるのだし、ラップに感動することも感激することももちろんあるのだが、ラップで歌われる歌詞というのはウィル・スミスじゃあるまいし、だいたいそんなに明るいものではないのだから、真剣に聴くとどうしても真剣になってしまうし、うつ病に近い経験で言えば、子どもを生んだときに、たいへんなものを抱え込んでしまった、一生この命を守っていかねばならないという責任を負って生きていかねばならないなんて荷が重過ぎる、もとに戻すことができないのならば自分が死ぬしかない、ぐらいにはストレスフルな状態にあったときにラップを聴いて前向きになれたかというと、聴くラップといえばFuck Tha Police!な感じだったから、ポリスはいいからこの生き物をなんとかしてくれ!という感じだったし、ギル・スコット・ヘロンやアイズリー・ブラザーズやダニー・ハザウェイを聞いて多少癒されたものの、その生物が生まれ出る前の生活を懐かしむ程度で、まったく前向きにはなれなかったのだし・・・と、こんな感じなのである。だけど、劇的に変わる経験はなくとも、tupacにはじまり、ウータンクランとかパブリック・エネミーde la soulとかnasを経てラマーに至るまで、きっとどこかに少しずつ影響を受けているんじゃないかなーとはおもうのである。

 

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 ケンドリック・ラマーが真剣すぎて、何度見ても泣ける(また)。若い子が生きる喜びに輝いている姿を見るのは元気がでることなのだし、そういった場面というのはそうそう見られるものでもなく、こんな時代の中においてこれはやっぱり幸せなニュースなのであった。