アイズリーでなくジャネット

 アイズリー・ブラザーズは偉大であると言っておきながら、ジャネット・ジャクソンである。ジャネット・ジャクソンについてはどこかで必ずメモっておかなければとずっとおもっていて、というのは、R&Bというと美しいメロディーにのせて愛を歌う、ぐらいの知識しか持ち合わせておらず、ラブストーリーではなくセックスストーリになってしまった黒人の音楽についてのポール・ギルロイの小難しい批判的考察をひくまでもなく、R&Bのアルバムのジャケットは男はいつも上半身は裸だし(勝手なイメージ)、歌っている内容は突き詰めていけば失恋か恋愛(とくに性)か、とにかく愛なのであって、メロディもなにか物足りなくてずっと聞いていなかったなかで、ジャネット・ジャクソンだけはちょこちょこと聞いていたような記憶があり、ちょうどケンドリック・ラマーがgood kid, m.A.A.d. cityとTo Pimp A Butterflyでジャクソン兄妹をサンプリングしていて、ジャネット・ジャクソンは自分にとってクイーンであるとまで言っているので、せっかくのついでだから長年知りたいと思っていたジャネット・ジャクソンのことを書いておきたい。

 

(Columbia Pictures, Getty Images)

Does Janet Jackson Like Kendrick Lamar’s ‘Poetic Justice’? | Yahoo! On the Road - Yahoo Music

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 ジャネット・ジャクソンを聞いていた自分にとってgood kid, m.A.A.d. cityは最初、ああ、ジャネット・ジャクソンのanytime, anyplaceのやつね、で記憶されたアルバムであった。ケンドリック・ラマーが、ジャネット・ジャクソンの"Anytime, Anyplace"をサンプリングした曲の題名をわざわざ、ジャネット・ジャクソンとTupacが共演し、『ボーイズン・ザ・フッド』のジョン・シングルトンが監督したPoetice Justiceとしたことは、このふたりへの並々ならぬ敬意が感じられるのであるが、ジャネットが認めてくれるといいけど、とケンドリック・ラマーが心配するまでもなく、ジャネットは、彼のこの曲を聴いているし、大好きだと言うのであるし、自分の曲がほかのアーティストにインスピレーションを与えることを喜んでもいるのである。この記事によれば、2013年は、たしかこの曲も入っていたとおもうJanetというアルバムの20周だったらしいのだが、なぜこのアルバムがそれほど話題かというと、700万枚(!)を売り上げたらしいのであって、ジャネット・ジャクソンの曲も、ケンドリック・ラマーだけでなく、ブリトニー・スピアーズビヨンセやシアラやケリー・オーランド(だっけ)など、他のアーティストたちに多大なる影響を与え続けているということなのだ。

 

 ちなみに、To Pimp A Butterflyが出た後でいまさらながらなのであるが、ケンドリック・ラマーのPoetic Justiceはこういうのなのである。

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  まあ、Poetic Justiceだしね、コンプトンだし、こんなもんかなとおもうんだけど(とりあえずドレイクはどうでもいい。ドレイクの場面はドレイクらしいではないか)、ラマーがインタビューに答えて言うには、この女の子がこの映像のなかでは非常に重要な存在らしいのだし(ラマーのなかではもちろんジャネットだから)、そもそもこのビデオにぜひジャネットを!との希望(というか祈りにも似た懇願)もあったとのことで、この曲とこの映像にかける意気込みとジャネットへの愛は相当なものだったらしいことが伺えはするのである。

 

 でもここでメモっておきたかったのは、ケンドリック・ラマーのことではなくジャネットだった。多くのアーティストに影響を与え続けているジャネット・ジャクソンの曲とビデオのなかでもこれは並外れてすばらしいとおもうもののひとつが、"Got 'til It's Gone"で、長年この映像の謎を解きたかったのである(そしてその機会ができたのはケンドリック・ラマーのおかげである、と必要も無いのに言っておきたい)。

 

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  ジョニ・ミッチェルの"Big Yellow Taxi"をサンプリングし、Q-Tipのラップも入れたこの曲は、ジャネット・ジャクソンのある恋愛の経験から得た「教訓」を歌った他愛も無い失恋というか、別れてしまった男女の歌なのであるが、ビデオは、この歌詞の内容でなぜこの映像なのか?というものなのである。設定は、どうみても、人種隔離された場所であって、おそらくは白人の前では抑圧し隠しておかねばならない「心身の自然な要求」を発露させる密やかな営みが行われている、そういうイメージであって、踊っていたり笑っていたりするのに楽しい映像とは言いがたく、どこか物悲しさとか神秘さとかそのようなものが漂う映像が忘れがたく頭にこびりついてずっと離れなかったのだ。それで、いろいろ調べていると、実際これは、Mark Romanekという監督が、南アフリカのDrumという文化雑誌を見ていて着想を得たらしく、その雑誌に載っていた写真がびっくりするくらい魅力的だったらしく、それに触発されて、アパルトヘイト前の南アフリカという設定で、物質主義やセクシュアリティに取り付かれた当時のヒップホップのビデオとは違う黒人文化についての映像を作りたかったというようなことを言っているのである。

JoniMitchell.com Library: Video Collection

 

 このように監督が言うように、最後は「ヨーロッパ人限定」と書かれた看板らしきものに酒瓶が投げつけられる場面で映像は終わるのであるが、この監督は、映像を作る前に、ジャネット・ジャクソンの曲をおそらくは、次のようなものとして聴いたのかもしれない、と妄想したくなる。いま読んでいる『ファンク』(リッキー・ヴィンセント、BI Press、1998年)という本のなかに、ニッキ・ジョバンニという詩人がファンクについて次のような詩を書いているのが引用されている(173-174頁)のだが、彼女はファンクを「革命的音楽」としてこう言う、

好きにならずにはいられない

スライ・アンド・ザ・ファミリーストーン

歌詞なんかどうでもいい

あの音楽に合わせて踊らずにはいられない

・・・・(中略)

あの強力な強力なインプレッションズが

世界にむかってはっきり

言ったように

「我らは勝利者」なのだ

リロイが言ったように、ソウルのグループは名前も共通している

インプレッションズ(=印象)

テンプテイションズ(=誘惑/魅惑)

スプリームズ(=至高の存在/頂上)

デルフォニックス(=フィラデルフィアの音)

ミラクルズ(=奇跡)

イントゥルーダーズ(=侵入者)・・・

 

 ジャネットのこの音楽と映像には、上のソウルグループの名前に付けられたこれらの名詞がぴったりなのではないかと、改めて映像を見て感じるのである。