オバマとラッパーの容易ならざる関係

 オバマが大統領に当選した時、なにかで目にして、その時以来頭を離れない言葉があるのだが、それは、アイス・キューブオバマ当選に際して感想を聞かれたときの答えで、たしか、俺のおふくろが今後どうなるかを見なけりゃなんともいえないね、というような、かなりそっけない答えで、その意味は、俺のおふくろ、つまり黒人コミュニティの住人の暮らしぶりが良くなるのか悪くなるのか現状維持なのか、まあ、お手並み拝見させてもらうよ、という程度のものだとおもうのであるが、要するに大統領の肌の色は関係ない、なにをしてくれるかが問題だ、ということなのであって、あの熱狂のなかにおいて、途轍もなく当たり前で冷静な意見だったため、妙に新鮮で、忘れられない言葉のひとつになっているのである。

 

 オバマの大統領当選は、たしかこの国でも、何に期待をしてのことだったのかまったく覚えていない、というかわからないのだが、初の黒人大統領というので大いに盛り上がった記憶があるのであるが、たしかにほんの40数年前までその肌の色のためだけに投票権すらなかった人種のなかから大統領が誕生したということの衝撃は、アメリカ本国でならずとも大きかったということだろうとおもうのだが、ここでメモっておきたいのは、そういう高尚な(?)議論などではなく、やはりラップのことなのである。

 

 ヒップホップ世代でヒップホッププレジデントと呼ばれたオバマは、割り切った言い方をしてしまえば、若い人びとの票集めのためにラップを利用した。ほんとうにラップ好きだったかどうかはわからないが、ジェイZが好きだと言って憚らなかったし、インタビューやスピーチでラップに触れていたのは有名な話だし、何人ものラッパーとのツーショット写真が探せばごろごろ出てくるし、そういったラッパーのほうもがんばってオバマキャンペーンをやったのだ。ちなみにあれから7年、相変わらず、たとえば若いケンドリック・ラマーはコンプトンの貧困や暴力をラップしなければならない状況である。だが、それだけでなく、多くのラップの歌詞にも、オバマの名前が出てくるようになったのであるが、おかげさまで、支持であれ批判であれ、その中からいくつかの忘れがたい素晴らしい曲が生まれた。

 

 真っ先に挙げねばならないのは、NASのBlack Presidentだ。サビの部分では、Tupacの「天からの恵みみたいだけど、おれたちにはまだ黒人大統領を受け入れる準備なんてできていないよ」という"Change"からの言葉を引用し(というかtupacの声、というか、これがサンプリングである)、続けてオバマのYes, we canという言葉をサンプリングして、change the worldと歌い上げるのだ。だがここでおもしろいのは、NASはそのtupacの言葉の前にオバマの声で"they said"を入れるのである。つまり、自分たちにはもうその準備はできている、できていないと言うのは、tupac=俺らではなく、「彼ら(They)」である、と。サンプリングの本領発揮ではないか。そして、黒人大統領の誕生でKKKが「殺してやる!」と盛り上がる(だろう)反面、オバマは希望を与えてくれるし、すべての人種や肌の色の人びとのなかの憎しみを消してくれるだろうとNASは期待するのである。

オバマアイオワ州での勝利演説における「そんな日は決してやってこない、と彼らは言った」という演説は有名だ。

 

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 この映像の中に響き渡るオバマのYes, we canという言葉は感動的である。何度も繰り返し現れるこの夢を見果てぬままにその生涯を終えてしまったTupacのうつむいた表情、それと何度も重ねあわされる演説をするオバマ、ワシントン大行進、暗殺前のキング牧師、ストリートでのいざこざ。オバマを支持するものであるが、押しつけがましくないささやかな期待を表明すると同時に、Tupacへのオマージュであるこの映像を涙なくしてみることはできないのであった。いまとなっては複雑であるが、この曲と映像の価値が下がるものではない。

 

 それで、なぜこんなことをいまさら思い出したかというと、最近、ルーペ・フィアスコの2006年と今年1月に出たばかりのアルバムを聞いているのであるが、ルーペ・フィアスコといえば、オバマ批判で有名なラッパーであるからなのだった。

Keeping a safe distance from rap(ラップから安全な距離を保つこと)は、賢明な戦略的手段なのかもしれないが、 putting politics before principle(信念よりも政治を優先させること)は、 オバマが主題とする「変化」というスローガンruns counterに反することだし、 そのことでオバマはいくつかのscathing attacks(痛烈な批判)にさらされることになる。 2011年2月に出したWords I Never Saidで、ルーペ・フィアスコは次のようにラップする。「ガザ地区was getting bombed(爆撃されていた)/ なのにオバマはうんともすんとも言わなかった/ That's whyだから俺は奴にはvote投票しねえ」 数か月後、このミュージシャンはCBSのビデオインタビューで批判をintensified (強めた)。「おれにとって最大のテロリストは、アメリカ合衆国オバマだよ」

Lupe Fiasco, 2011

How hip-hop fell out of love with Obama | Music | The Guardian

 

 このルーペ・フィアスコであるが、本名をWasalu Muhammad Jacoといい、モスリムを信奉する家庭に生まれ育った。信仰は篤いのであるが、いかにもな格好もしないし、自分がモスリムであることをわざわざ言ったりもしない、と本人は言う。そして、あるインタビューで彼は黒人の大統領についてこう言うのだ。

“My black president is Nelson Mandela. Africa has always had black presidents so, my scale, being a black president isn’t anything new. It’s new to America, yes, but I’m a global citizen, I look around the world. So my bar is someone who really fought for peace. Not someone who’s continuing wars around the world.”

 

「僕にとって黒人大統領はネルソン・マンデラだよ。アフリカにはいつも黒人大統領がいるだろ、だから、僕の基準では、黒人が大統領だということは、別に新しいことでもなんでもないんだ。もちろん、アメリカにとっては新しいことだけど、でも僕はグローバル市民だから、世界を見渡すんだよ。だから自分の弁護士(barってこの訳でいいんだろうか?)も平和のためにほんとうに戦っている人物なんだ。世界中で戦争を続けているようなヤツじゃないよ。」

 

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 そして、そのルーペ・フィアスコがオバマ批判をしたと言われるのがこの曲。

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 それでもルーペ・フィアスコは「この国を愛している」と歌わねばならないのであるが、その泣ける歌はまた別な機会に触れるとしても、やはりこれらの若いラッパー(NASは若くないがまだ十分いけるとおもう)の曲に触れると、ヒップホップが死んでいるのではなく、ギャングスタラップこそが死んだんだ、と確信をもって言いたくもなるし、ラップにこれからも期待してしまうのである。