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新しいアルバムについて語ったケンドリック・ラマー

 ケンドリック・ラマーを愛するひとすべてが待ちに待った新しいアルバムが3月23日に発売になるというので、アルバム発売が発表されて以来ファンは大騒ぎであるが、New York Timesが3月16日、17日にインタビューなどを載せていた。

 

Kendrick Lamar's “To Pimp a Butterfly." Credit Interscope Records on NYT

 

 17日の記事は、新しいアルバム↑に入っている曲がいったいどういった内容のものか、一曲一曲詳しく教えてくれているのであるが、16日の記事はインタビューを中心に、前作 good kid, m.A.A.d. cityとの違いとか、ラマーがどんな人物であったか、現在どんな人物でどんなことを考えているのかが書かれていて興味深いものとなっている。

 

http://www.nytimes.com/2015/03/22/arts/music/kendrick-lamar-on-his-new-album-and-the-weight-of-clarity.html?ref=arts&_r=0

 

 Following the success of his major label debut, “good kid, m.A.A.d. city,” in 2012, the rapper Kendrick Lamar did not indulge in earthly luxuries. Instead, he got baptized.

 「2012年にメジャーレーベルから発売されたデビューアルバム"good kid, m.A.A.d. city"が成功したからといって、そのあとラッパーのケンドリック・ラマーが、この世の贅沢にふけることはなかった。代わりに彼は、洗礼を受けたのだ」

 

という文章で始まるこの記事によって、発売を漏らしたある人物(名前を忘れてしまった)がラマーはこのアルバムでまたべつなレベルに達したよ、といような意味のことを言っていたことの意味がなんとなく分かったのだった。というのも、その発言を目にしたとき、ラマーのgood kid, m.A.A.d. cityはこれまでのラップと比べても十分べつなレベルのものだとおもっていたので、その先があるなどと言われて、恐れおののいてしまったのである。

 

 NasIllmaticにも勝るとも言われるgood kid, m.A.A.d.cityがラマーの「罪深い」昔の生活の日々に焦点を当てていたとしたら、新しいアルバムTo Pimp a Butterflyは、救済の物語、しかも単にラップをとおしたストリートギャングからの救済というだけでなく、イエス・キリストに帰依することによる罪深い生活からの救済の物語だというのだが、このアルバムには二つの特徴があるようだ。

 

 ひとつは、「救済」というテーマからも明らかなとおり、そして自分は自分の音楽を聴く人びとにとって牧師のような身近な存在だと自ら言い、「自分の言葉は神の言葉に比べればまったく力強いものではないけど、自分というものは、神の御業をなす器なんだ」と言うように、宗教的な側面があるということだろう。このことで、少なくとも、彼は、「主流のラップのいくつかに見られる豪華絢爛な虚言(とでも訳したらいいのだろうか?つまり、自分は何人殺しただの、ビッチには事欠かねえだの、ヤク売ってこんだけ儲けただのいったことだろう)にたいして、正しい、というかそれに代わりうるものを提示」することになっているのだろう、このアルバムは。ラマーは言うのである、ストリートで実際に生きていると、殺人やドラッグを売ることなんかについての自慢話なんか聞きたくないよ、子どもたちはそんなところからは逃げ出したいんだ、と。くたばれギャングスタである。

 

 もうひとつの特徴は、ラマーのブラック・パワーの熱烈な支持者/伝道者といった側面が存分に発揮されている点であるようだ。それは話題沸騰というか批判沸騰のThe Blacker The Berryの、批判の後に作られたか流された動画を見ても明らかだ。マルコムXの演説で始まり、ワシントン大行進、キング牧師、南部の公民権運動などなどの映像がちりばめられたこの動画は、最初見たとき、ラマーのミュージックビデオだとわからなかったぐらいである(今はどこを探しても見当たらないのだが・・・)。このアルバムでの黒人の歴史への敬意は、音楽やミュージシャンや運動やその時代の黒人運動が目指したもの(黒人のプライドとか、自分自身を愛することとか)から、ネルソン・マンデラにまで至るようである。

 

 だけど、ラマーはちゃんとこう言うのだ、「このアルバムを政治的なものと言うのは不当だよ、だってこのアルバムは、強さと勇気と誠意だけでなく成長と承認と否定とにあふれているんだから」「みんなに怒ってもらいたいし、幸せになってもらいたい、そしてうんざりだとおもってほしいし、居心地の悪い思いをしてほしいんだ」と。ギャングスタラップのビデオが表象する壮大な虚言で綴られる物語は、だれをもこんな気持ちにはさせないだろう。ただその時気持ちがいい気がするだけである。ラマーの音楽こそが、"keep it real"を超えた、真に"keep it surreal"と言えそうな音楽なのだ。

 

 ちなみにこのアルバムのジャケットについても説明されていた。この写真はフランスの写真家Denis Rouvreのもので、シャツを着ていないいろんな年代の黒人男性が、ホワイトハウスを背景に(!)、約1リットルの酒瓶と札束を握ってポーズをとっている写真なのであるが、ギャング=Comptonと政治家=Congressの並置によって、二つのあいだに違いがないことを表しているそうだ。歌詞のなかでも、"Demo-Crips"(Democrats民主党員とクリップスというカリフォルニアのギャングメンバー)"Re-Blood-icans"(Republicans共和党員とブラッズBloodsという同じくカリフォルニアのギャングメンバー)といった造語が使われているようである。愉快ではないか。

 

 トリシア・ローズのHip Hop Warsがもう4,5年先に出されていたら、間違いなくラマーは、「ストリートの生活についての陳腐な物語を刷新するために、創造的な言葉を使って、コミュニティを肯定するような方法を見つける」ことのできる才能あるラッパーの筆頭に挙げられていただろう。ラマーの新しいアルバムは、心の底から楽しみなのだ。